KENYUEN Nursing Home for the elderly on the Pacific cliffs介護老人保健施設 けんゆう苑(和歌山、2001)
村松デザイン事務所在籍時担当作品
ARCHITECTURE , works ,
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Architect : Motoyasu Muramatsu | Muramatsu Architects
Location : Susami-cho, Nishimuro-gun, Wakayama Japan
Completion Date : 2001
Building Type : Nursing Home for the elderly
Site Area : 15,490m²
Total Floor Area : 4,997 m²
Photo: Nacasa & Partners, *: Shinkenchiku-sha
けんゆう苑は,高齢者の自立を支援し家庭への復帰を目指す介護老人保健施設である。介護を必要とする高齢者が長期間滞在する中で介護・医療サ−ビスを受けながら,日常生活に必要な歩行訓練や動作訓練を行うことによりその能力を回復し,家庭へ復帰することを目的とする。
敷地は紀伊半島潮岬に近い和歌山県立枯木灘自然公園内に位置する。北を国道に接する南北に長い不定形な敷地は南へ向かって緩やかに下る台地であり,黒潮が打ち寄せる崖上の敷地に立つと山々を背に広大な視野で太平洋を望むことができる。
この計画においては,この施設で生活する高齢者が,海辺の美しい景観の中で時間の変化や季節の移り変わりを体験することを通して生きる喜びを感じること,またそのことにより心と体の健康が少しでも早く回復し日常の生活へ戻ることができるようになることを願い,その生活の背景となる,この場所であるが故に可能な建築環境をつくりだすことを計画の目標とした。そのために4つの方針を掲げその実現を目指した。
1番目は太平洋への眺望を活かし,その雄大な景観と建物内外とを密接に結び付けることにより,生活のための変化に富んだ空間を実現することである。建物の内外部を往来することにより空間の変化を連続的に体験することと同時に,それぞれの空間とその変化を通して日々刻々と移り変わる海や空の風景を体験することによって,風景と老人たちひとりひとりの心の中の領域とが直接的に結びつき,海辺で暮らしてきた長い間の記憶が呼び起こされ、その心の中に生き続けることへの意欲が喚起されることを願い,このような体験の背景となる建築環境を創出することを試みた。
2番目は老人たちが,自らの個性を押し殺す必要なしに,個々の尊厳を守りながら互いに生活することが可能となる場所を実現することである。介助・介護を常に必要とする高齢者においてはプライバシーが侵され易く,特に規模の大きい施設の中では自分の居所を失い易い。この計画においては,人と人との親密さの度合いや個人のその時の精神状態や体調に合わせて,自らの居所を自らの意志で選択できるようにするため,私的領域から公的領域へ連続する様々な規模の特色ある場所を各所にちりばめ,かつ施設全体との調和を求めた。
3番目はここで働く介護・看護する人たちにとっても,環境に親しみが持て,介護しやすく喜びをもって老人と生活できる場所であると同時に,高齢者の家族や友人が繰り返し訪問したくなる場所を実現することである。そのために,機能的にも使い易く,介護しやすい寸法体系を細部にわたって再確認することから始まり,手摺の位置・高さや便所内の便器の位置に関しても,療養士・介護士・看護婦等との共同作業による見直しやモックアップ等による検証を通して,排泄・入浴・食事・機能訓練・睡眠等生活のあらゆる側面において機能的にまた精神的に最適な場所の実現を目指した。
4番目は,厳しい経済的条件の中でそれを克服し,使いやすく安全で美しい建築の姿を追求することであり,この建築と景観に調和を与えるためにあらゆる部分について,単純明快でありながら豊かな空間を醸成する材料・ディテールを洞察と感性を駆使して検討し決定することであった。
以上の基本方針をもとに,建築はこれを取り囲む雄大な景観と対応しつつ,建物内部と外部の多様な関係をその明快な空間構成の中に実現することを求めた。
敷地を南北に貫く空間軸にZ型の平面を持つ建物を重ね合わせ,南北2つの大きな外部空間に敷地を分割しつつ中央部を透明にすることにより,国道からのアプロ−チと海に連続する庭がそれぞれL型に囲われると同時に相互に連続した空間として感じられる配置とした。
断面計画においては,高低差とのある敷地と調和するため建物全体を3層の構成とし,国道から建物全体の中心である2階の玄関へ直接到達できるように計画した。この南北に透明な玄関ホ−ルは建物全体のさらには敷地を含む自然環境全体の基点となる。敷地の高低差を利用することにより,全体の連続感を確保しつつそれぞれの場所の独自性と自立性を合わせ持ち,その内と外に豊かな空間が立ち現れることを求めた。
建物内部は幅の狭い敷地形状を反映して南北に長い片側廊下の配置を採用している。この廊下は単なる廊下としての機能以上に談話コ−ナ−や食堂・機能訓練室と一体化または連続した空間であり,その結果変化ある平面形状と広さをもち,様々な開口部を通して外部の自然の景観や隣接する小学校・中学校の生活の風景と内部の生活とを結び付ける場所となる。また廊下の南端には太平洋を遠望できる硝子で囲まれたコーナーを設け,雄大な風景をみながらゆったりと時を過ごせるような場所とした。
また,すべての療養室は朝日の当たる東向きに配置した。そこでは自分を取り戻すためにひとりになり,海の風景を眺め静かに物思いにふけることができる。その開口からは,寝床に居ながらにして日中は海を,夜には星空を眺めることができる。
ここは海と密接な生活を営んできた老人が海と空との間に立ち,日々の生活の中で移り変わる自然と時間をかけて語らうことが可能な場であり,設計のあらゆる段階において、この施設が高齢者の海にまつわる記憶を呼び起こし感性をひらき,自らの生を新たに見つめ直す場となることを希求し続けた。
村松基安|村松デザイン事務所 より
※株式会社村松デザイン事務所在籍時担当作品
※新建築 2001年6月号掲載